久保修・京の春


「春が来た」

   

 松本利通


 Spring has come.この有名な英文を「バネを持って来い」と訳した人がいるそうだ。 英語の誤 訳の傑作な例としては、トップクラスといっていいだろう。ただし、ちょっ と出来すぎという感じ がなくもない。 この英文を日本語にどう訳すか。「春が来た、に決まっているではないか」と早速、 反論されそう だ。しかし、それが唯一の正解とはいえない。 問題は二つある。ひとつは「春が来た」と訳す代わ りに、「春が来たわよ」とか「春 が来たのだ」という具合に、訳文そのものが一通りではないとい うこと。前後の状況 次第で、何通りにも訳せる。ところが、教室である訳文を学ぶと、とかくそれ しか訳 がないと思い込みがちになる。何にせよ思い込みには注意しなければいけない。 もうひとつ の問題は、「春が来た」という日本語の表記である。    春が来た  春がきた  はるがきた  はるが来た  ハルガキタ 「春が 来た」や「春 が きた」といった分かち書きまで含めると、さらに数が増 える。「春が 来た」が最も一般的ではあろうが、ほかのも誤りではない。やわらかい 印象を与えるためにわざと ひらがなを使ったり、電報を暗示するためにカタカナにし たりする。それぞれ微妙なニュアンスの 違いがあり、私たちは感覚的にその差を識別 できる。 日本語を学ぶ外国人がものすごく増えている。彼らが最も当惑することのひとつが、 この表記の問 題だという。「いったい、どれが正しいのですか」という疑問である。 ひとつの言い方に何通りも の表記があるのは日本語の宿命といえる。漢字、ひらがな 、カタカナと主要な文字だけでも三種類 を常用することによって、日本語がどれだけ 豊かな表現力を持つに至ったか、その恩恵ははかりし れない。それと同時に、表記と いう点では、世界の数ある言語のなかでも、最も複雑なものになっ てしまった。送り がなが一番いい例だ。 日本語を勉強する外国人が増えてきたのは大いに歓迎したい。日本そのものの理解に つながるから だ。外国の人に日本語の美しさと豊かさをぜひ味わってほしいと願う一 方で、表記の標準化も含め て、もっと外国人が学びやすくするための工夫をしなけれ ばいけないと思う。 近代日本の黎明とともに、日本人はそれこそ国をあげて外国語の勉強に躍起になって きた。英語を 学ぶ熱気に比べて、日本語を教える方法論やマニュアルという点では、 明らかに物足りない。  中国からの留学生に日本語を教える機会があり、市販の日本語の問題集を見せてもら って愕然と したことがある。日本人でも間違えそうな微妙な言い回しや特殊な表現が わんさと出てくる。そん なものを押しつける前に、ごく普通の言い方を示すべきだと 、問題集に猛烈に腹が立ってきた。                               (まつもと・としみち=ジャーナリスト)       E-mail : tsmc@po.iijnet.or.jp

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