太陽光
日本に降り注ぐ太陽の光は、弱すぎもせず、強すぎることもない。夏の日照りはかなり強いが、植物にとってはこの上ない環境となる。植物の成長には、夏の日照りは欠かせないものだ。春に植えられた田んぼの稲は、夏の日によって力強く成長する。人間にとっては、蒸し暑くやりきれない日本の夏こそ、植物には必要なものである。人間は、植物の生み出す酸素、そして食べ物としての植物なしには生きていけないのであるから、まさに、恵みの夏というべきだろう。もっとも人間には直接有益とはいえない作物以外の雑草もぐんぐん成長し、農業にとっては頭の痛い問題であるが、日本中いたるところにたくましく生え続ける雑草もまた、立派な資源の一つである。
太陽の光について、湿気が少なく夏も比較的過ごしやすい西欧と比較してみよう。
西欧諸国は、メキシコ湾の暖流のおかげで、いわゆる西岸海洋性気候となっており、冬もそれほど寒くはならない。ところが、緯度を見ると、かなり北に位置している。パリは北緯49度、ロンドンは52度、ベルリンは53度である。ローマでさえ、北海道の南端にあたる。東京は、ローマよりずっと南の、北アフリカ北端にあたる。冬、12月の日照時間は、ロンドンは東京の5分の1弱であり、光の都といわれるローマでも3分の1弱である。この日照の差は植物の生育にかなり影響がある。
この豊かな太陽の光を、現在の日本では、恩恵としてとらえているといいがたい。人々は夏も冬も、石油や原子力による電力にたよって、空調のきいた部屋に閉じこもっている。
長い歴史の中で、日本家屋や、農家の暮らしは、太陽の光とのつきあい方を考えてきた。強い陽射しのために、軒を深くしたり、すだれやよしずを考えたりした。作物の急成長する夏は、農家にとってはたいへんな労働力を必要とするが、朝は日の出とともに起き、昼の炎天下は、昼寝の時間をたっぷりとり、陽射しの弱まる3時頃から日没まで働く。太陽のリズムに合わせた暮らし方をしてきたのである。
それはまた、太陽の光を浴びて育つ植物のリズムに合わせた暮らしともいえる。人間が、植物をコントロールするのではない。人間にとって都合の悪いものを根こそぎ排除するという考え方ではなく、都合の悪いこころも自然のままに残しながら、恩恵を享受していくという謙虚な暮らしぶりであった。
太陽エネルギーはまた、人類の夢のエネルギーでもある。石油代替エネルギーというと、原子力エネルギーが先行しているが、無尽蔵で、廃棄物に関しても危険性のない太陽エネルギーの開発利用は、いまこそ真剣に取り組む必要があろう。
日本の気候の特徴の一つとして、湿気が多いこともあげられる。このことは、マイナス要素として受け取られがちである。たしかにじめじめとした梅雨や、蒸し暑い夏には閉口する。また、夏から秋にかけては台風がやってくる。冬には、日本海側や山岳地帯に大量の雪が降る。そのために交通機関が止まったり、死傷者まで出たりするのは、歓迎されない現象である。
しかし、一方で、湿気も水も、生命にとって、欠かせないものである。広大な土地があっても、水がなければ、人間はもちろん、動植物が生きていけない。石油があっても、水がないかぎり、石油化学製品はできあがらない。こうしたことを考えると、水は天然の得がたい資源そのものであり、日本は、その資源にたいへん恵まれた国だということになろう。